苔おじさんのリベルテ通信

NPO法人リベルテの日々を苔おじさんと呼ばれている代表がつづります。

ダイアリー20170727

よしほぼ毎日、日報的日記的手紙的なものを書いてやろうと鼻息荒く、いや鼻息は荒くなかったけど、ちょっとだけ気合を入れて書き始めてみたものの、もうすでにめんどくさくて昨日はさっそく投稿できず。
忙しいっていうより、これって何だろうアレだね夏のせい!ってわけでもなく、感覚としてわかったのは高田純次の『適当日記』だ!と思いつきました。

適当日記

適当日記

そう言えば、高田純次の本について書いていた去年の春…。
kokeojisan.npo-liberte.org

(ああ、本当に高田純次の『適当日記』のような感じのブログになりつつある…。)


最近、リベルテに仕事としてデザインいくつか依頼をいただき、作成しています。
外部の方とのやりとりは緊張感もありつつ、沢山学ぶことがあります。
といってもシビアな部分もあり、メンバーのイラストの提案が通らなかったりすることもあります(ごめんなさい)。
かと思えば、クライアントのかたちになっていない思いをかたちにしていく過程があるデザインの仕事は、実はケアというかサポートというかホスピタリティの仕事にの通じるものがあるなと感じます。
スキルとして「表現」の種類に幅を広げられるか、クライアントのかたちになっていない実現したいイメージをどう提案していくかというところでは、自己表現やアートとは違う、なんだか冷静さを求められます。
もちろん、第三者にも伝える、広げていく媒体づくりでもありんですが、こういうところもソーシャルワークや福祉の仕事の精神性のような部分はデザインの仕事の中にもあるんだと感じます。

そういば、毎年リベルテで個展をしているオヤマタツヤさんという方と話していて、ご自身は「福祉のことわかんないんだよね」って言うけど、共感することが多く、通じてるんだなーと。

リベルテがデザインの仕事を受けるってことは、仕事以上に、メンバーのイメージをクライアントさんのイメージに対してハッキングしちゃうような、意味合いがこっそりあるなーと思ったりしています。
メンバーの作品や素材を相手のイメージの中に刷り込ませるような、感染させちゃうようなことができるっていう、しかも不特定多数の人に、リベルテではない人が、自分たちのために配るっていう。
デザインにしてしまえば、ぼくでも、リベルテのスタッフでもメンバーでもないひとが、いつの間にか勝手にリベルテのメンバーの作品を広げてくれる。
(それはすごいことだ。)
内緒だけど。
ブログに書いちゃっているけど。