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苔おじさんのリベルテ通信

NPO法人リベルテの日々を苔おじさんと呼ばれている代表がつづります。

仕事納めと庚申講とリベルテ

リベルテ通信

リベルテもスタジオライトとギャラリーグリーンも年内最後の営業を終えました。
毎年恒例「つるかめ会」*1ではメンバーもスタッフも初のメンバーとの買い出しや準備やアンケートてんやわんやと一緒になって楽しみました。

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仕事納めの昨日はスタッフと忘年会を行いました。
スタジオライトではスタッフがいてもいなくても小さな話の輪ができていたり、一人ですごし方ができていている人もいて、スタッフも少しだけ増えたり仕事の役割が広がったり、変化ばかりのようで確実に積み上げているものがある日々です。
こうやってスタッフだけの時間の意味もどんどん変わってきていてぼくにとっては今、それも大事な時間だと感じました。
そんな2次会、庚申講の話がどことなく出ました。

庚申待 - Wikipedia

気になって今朝、ウィキペディア(笑)で改めて調べてみました。
「庚申待」とは60日に1回、お腹の中にいる「虫」を起こさないようにと夜通し人が集まって話をする日本の昔の民間信仰のこと。
そういうの確かにないなーと思ったり、そういう人が何を話すことが決まっているわけでもなく話続ける機会とリベルテを並べて考えると?
そうそう、11月に開催した福祉とアートの寄り道、井戸端トークイベント『あなたとぼくと、この場所で 福祉の現場から居場所について考える』の延長上にリベルテを置いて考えたり。

福祉とアートの寄り道、井戸端トークイベント『あなたとぼくと、この場所で 福祉の現場から居場所について考える』 – 特定非営利活動法人リベルテ

庚申講のようなお祭り(騒ぎ)や非日常のアートやイベントなどてんやわんやと、日々の営みと、その間ぐらいにあるような時間とか場所とか関係とか。
イベントでものづくりしたり似顔絵を描いたりもトークイベントや展示会もすれば、不調や悩み横になったり机に伏してみたり、仲間や友人と会い話したり、何かガッとつくってみたり、カメラを構えるスタッフもメンバーも、あっちやこっち、にっちもさっちも、どっからどこまで。
バカやったり、ハジケたり、パーリーピーポーになりたいけど、「けど、さ。」て、いや言葉にならないかもしれないし、飲み込んでしまうだけかもしれないけど、正直、そこまで今できないんだよって、けどそういうぼくやあなたがいれる場所が、もしかしたら何か想定外で破天荒で「!」な瞬間につながれるなら、リベルテってそういう居場所だったりするのかもしれないな。





ぼくももうメンバーやスタッフと同じようにリベルテの中のひとりだから、客観的にはわからないけど。
リベルテは日常と非日常の真ん中、グラデーションの色が混じったり混じってなかったりするところ、映画『きみの名は。』でいう「かたわれ時」・・・(?)のような日々なのかもしれない。
そんなところがリベルテなのかもと、今日は思いました。
(ちょっと流行にも無理やり乗ってみました笑)

明日は別のものだと思うかも。
そういえば今年は申年。
申年の最後に庚申講の話とリベルテと。


1年間皆さまのには大変お世話になりありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
どうぞ良いお年をお迎えください!

(一部撮影:メンバーとスタッフのTokiko Tsuzuki、Eriko Ishii、Yuka Kuroiwa)

*1:スタジオライトリベルテの忘年会的1年の総まとめ、やりたいこと持ち込み的イベント